仕入先に成分情報を求めると、SDSが送られてきます。届いたSDSを開いて、第3節の組成情報を見て、そこに書かれた物質をchemSHERPAに転記する。この流れで作ったデータは、しばしば差し戻されます。
理由は単純です。SDSに書かれている物質と、chemSHERPAで申告が必要な物質は、そもそも別の基準で選ばれているからです。
2つの文書は目的が違う
| 項目 | SDS(安全データシート) | chemSHERPA |
|---|---|---|
| 目的 | 化学品を安全に取り扱うための情報提供 | 製品に含まれる物質の情報をサプライチェーンに伝える |
| 根拠 | 化管法、安衛法、毒劇法、GHS | 業界共通の自主的な仕組み(法令そのものではない) |
| 対象 | 化学品(混合物・単体の化学製品) | 成形品(AI)と化学品(CI)の両方 |
| 載る物質の選び方 | 危険有害性の観点で選ばれる | 規制該当の観点で選ばれる |
| 濃度の書き方 | 範囲表記が許容される(例:10〜20%) | 含有量の数値を入れる |
| 形式 | PDFやWordの文書。人が読む | 専用ツールで作るデータ。機械が読む |
| 拡張子 | 定まっていない | .shai(成形品)/.shci(化学品) |
SDSは「この化学品を扱う作業者が怪我をしないため」の文書です。だから、吸入毒性や皮膚腐食性のある物質が優先して載ります。
chemSHERPAは「この部品をEUに出して大丈夫か」を判断するための情報です。だから、RoHSやSVHCに該当する物質が載ります。
この2つの選定基準は重なりますが、一致しません。
一致しない具体例
SDSに載っているのにchemSHERPAでは不要な物質があります。たとえば有機溶剤。塗料のSDSには溶剤が明記されますが、乾燥して揮発するなら、成形品としての製品には残りません。成形品用のchemSHERPA-AIでは申告対象になりません。
逆のほうが厄介です。chemSHERPAでは必要なのにSDSには載らない物質があります。
- 危険有害性が低く、GHS分類の対象にならない物質。たとえば安定剤や充填剤として入っている金属化合物
- 濃度が低くてSDSの記載裾切値を下回る物質。SVHCの閾値0.1%はSDSの記載基準より低い場合があります
- 不純物として持ち込まれる物質。SDSは意図的添加を中心に書かれます
- 樹脂の難燃剤や可塑剤のうち、混合物としては有害性分類がつかないもの
つまり、SDSを完全に転記してもchemSHERPAとしては不足しうる。そしてSDSにない物質は、SDSを何度読んでも出てきません。
ここが最大の落とし穴
SDSに「該当なし」と書かれていることは、chemSHERPAで申告すべき物質が入っていないことを意味しません。SDSの「該当なし」は、SDSの記載基準に照らして該当がない、という意味です。基準が違えば結論も変わります。
SDSは製品ではなく化学品の文書
もうひとつの根本的なずれがあります。SDSは化学品について作られます。塗料、接着剤、はんだペースト、めっき液、洗浄剤。これらはSDSの世界の住人です。
一方、自社が出荷しているのが金属加工品や樹脂成形品なら、それは成形品です。成形品にはSDSの交付義務がありません。だから「うちの製品のSDSをください」と言われても出しようがない。ここでchemSHERPA-AIが出てきます。
どちらを出すのかの判定はchemSHERPA-AI と CI、どちらを出すのか3問で判定に置きました。塗料メーカーならCI、部品メーカーならAI、というのが大枠です。
SDSしかもらえない仕入先への対処
「chemSHERPAをください」と依頼して、「SDSならあります」と返ってくる。これが最も多いパターンです。上流の企業にとって、調査回答は売上にならない作業です。フォーマットが増えることへの抵抗は、怠慢ではなく合理的な反応でもあります。
対処には段階があります。
段階1:SDSで足りるかを先に判定する
その仕入先から買っているものが化学品で、しかも自社工程で揮発・除去されて製品に残らないなら、そもそも成分情報を集める必要が薄い場合があります。洗浄剤や離型剤がこれに当たることがあります。まず対象範囲を切ってから依頼してください。範囲の決め方は自社は何を管理すればいいのかにあります。
段階2:SDSに追加質問を1枚だけ添える
いきなりchemSHERPAの作成を求めるとハードルが高い。届いたSDSに対して、不足分だけを聞く1枚を作ります。聞くのは次の4点です。
- 管理対象物質リスト Ver.2.13.00 に該当する物質が、SDS記載分以外に含まれるか
- 含まれる場合、その物質名・CAS RN・含有率
- 判断の根拠(分析/原材料メーカーからの情報/設計情報)
- 回答時点と、根拠にした物質リストの版数
質問が4つなら答えてもらえることがあります。フォーマットを渡すより通りやすい場面があります。
段階3:代行を提案する
それでも出てこない場合、chemSHERPA作成の代行業者があります。相場は1件4,000円から5,000円程度です。仕入先に「費用はこちらで持つので作ってもらえないか」と提案すると動くことがあります。金額と納期の目安はchemSHERPA作成代行はいくらで何をしてくれるかに。
段階4:分析に切り替える
情報が取れないなら測るしかありません。ただし高い。RoHS10物質で4.1万円から4.6万円、SVHC全項目なら19.5万円から24万円です。1検体あたり・税抜の実勢です。分析は最後の手段で、数量の出る主力品目に絞ります。相場は分析費用の相場(RoHS・SVHC・PFAS/2026年実勢)にまとめました。
段階5:督促の文面を変える
返信が来ないだけなら、文面と段取りで回収率が変わります。3段階の督促テンプレートを返ってこない調査依頼の督促テンプレート3段階に置いています。
SDSから転記するときの注意点
それでもSDSを出発点にすることは多い。転記するなら次を守ってください。
| 見る箇所 | 注意 |
|---|---|
| 第3節 組成情報 | 濃度が範囲表記なら、上限値で仮置きして仕入先に確認する |
| 第3節のCAS RN | 空欄・「企業秘密」は必ず追加照会する |
| 第15節 適用法令 | 記載のある法令がRoHS/REACHを含むかを見る。含まないことが多い |
| 改訂日 | 数年前のSDSはSVHCの追加を反映していない |
| 「その他」「残部」 | ここに規制物質が隠れる。比率が大きいときは確認する |
濃度の範囲表記は特に扱いに困ります。10〜20%と書かれていて、閾値が0.1%なら、どちらにせよ超えているので判断は変わりません。問題は0.05〜0.15%のように閾値をまたぐ場合です。この場合は上限で判断するか、仕入先に確定値を求めます。安全側に倒すなら上限です。
検出限界以下だった場合に0と書いてよいかは別の論点で、検出限界以下なら「0」と書いていいのかに分けています。
誰が最終判断するのか
SDSから読み取れないことを、仕入先が「分からない」と言う。ここで止まる担当者が多い。ただし、自社が出荷する製品についての遵法判断は自社が負います。仕入先の回答は判断の材料であって、判断そのものではありません。この点は遵法判断は誰がするのか、という最大の誤解に書きました。
材料が足りないまま判断できないなら、判断できない旨を記録に残して、上に上げる。それが正しい手順です。分からないまま「不含有」と書くのが最も危険です。
SDSがあればchemSHERPAは作れますか
出発点にはなりますが、それだけでは足りないことが多いです。SDSは危険有害性の観点で物質を選び、chemSHERPAは規制該当の観点で選びます。SDSに載っていない規制物質があるため、SDSの記載以外に管理対象物質リスト該当品がないかを仕入先に確認する必要があります。
成形品のSDSを出してくださいと言われました
成形品にはSDSの交付義務がないので、通常は出せません。相手が求めているのは含有物質の情報である場合が大半なので、chemSHERPA-AIまたは非含有証明書で代替できないか確認してください。相手が用語を取り違えているだけのことも多いです。
SDSは何年前のものまで使えますか
年数の法定期限はありませんが、内容が古ければ使えません。SVHC候補リストは2025年11月と2026年2月に追加があり、現在253エントリーです。第15節の記載が古いSDSは、最新の規制を反映していません。改訂日を見て、直近の追加より前のものは仕入先に最新版を求めてください。