製品含有化学物質管理は、英語の Chemicals in Products の頭文字をとって「CiP管理」とも呼ばれます。自社が売る製品の中に、法律で規制されている化学物質がどれだけ入っているかを把握し、取引先に伝え、記録を残す仕事です。
環境部門の仕事に見えますが、実際に手を動かすのは調達・品質保証・設計の担当者です。専任で置いている会社は多くありません。兼任のまま、ある日「取引先からchemSHERPAというものを求められた」と言われて始まります。
業務は5つの工程に分かれる
| # | 工程 | やること | よくある詰まり |
|---|---|---|---|
| 1 | 受領 | 取引先からの調査依頼を受け取り、対象品番・様式・期限を確認する | 依頼メールの意味が分からない/様式が取引先ごとに違う |
| 2 | 収集 | 自社の仕入先に同じ調査を依頼し、回答を集める | 返事が来ない/断られる/様式が合わない |
| 3 | 判断 | 集めた情報を自社製品に足し上げ、法規制に適合しているか判断する | 誰が判断するのかが決まっていない |
| 4 | 回答 | 取引先の求める様式で提出する | 差戻し/期限超過 |
| 5 | 記録 | 回答の根拠と版数を残す | 担当者のPCにしかない/異動で消える |
この5つのうち、時間の大半を食うのは工程2の「収集」です。自社だけで完結する製品はまずないので、部品を買っている先、そのまた先へと調査が伝播します。サプライチェーンが深いほど、回答が返ってくるまでの時間が伸びます。
そして最も軽視されがちなのが工程5の「記録」です。担当者が異動した瞬間に、何をどう判断したかが分からなくなります。監査で聞かれるのはここです。
工程1:受領
取引先から届くのは、たいてい次のいずれかです。
- chemSHERPAのデータ(拡張子
.shaiまたは.shci)を提出してほしい、という依頼 - 取引先独自のExcel様式に記入してほしい、という依頼
- 不使用証明書または非含有証明書を出してほしい、という依頼
- 自動車業界であればIMDSまたはJAMA・JAPIA統一データシートへの登録依頼
最初にやることは、対象品番と期限と様式を確定させることです。依頼メールに品番が書かれていないことは珍しくありません。取引先からchemSHERPAを求められた初日にやることに、確認すべき項目を並べています。
工程2:収集
自社が組立を行っているなら、部品や材料の情報は仕入先から集めるしかありません。ここで起きるのが「送っても返ってこない」問題です。
上流の企業にとって、調査回答は売上にならない作業です。しかも依頼元ごとに様式が違う。業界の公開フォーラムでは、上流側から「フォーマットが増える不利益の方が大きい」という趣旨の声が出ています。これは怠慢ではなく、経済的に合理的な反応です。
だからこそ、督促の文面と段取りで回収率が変わります。返ってこない調査依頼の督促テンプレート3段階に、実際に使える文面を置いています。
工程3:判断
集めた成分情報を自社製品の構成に足し上げ、閾値を超えているかどうかを見ます。ここで必要になるのが、0.1%の分母は何かという論点と、均質材料の単位をどこで区切るかという論点です。
誤解が多いのは、この判断を誰がするのかという点です。「川上のメーカーが判断してくれる」と思っている担当者が一定数います。実際には、自社が出荷する製品についての遵法判断は自社が負います。遵法判断は誰がするのか、という最大の誤解に書きました。
工程4:回答
chemSHERPAであれば、データ作成支援ツールで成分情報と遵法判断情報を入力し、ファイルを書き出して提出します。差戻しが起きるのはここです。差戻し理由TOP10と、その直し方に、実際に起きている差戻しを並べています。
提出前に見るべき点は20項目ほどに収まります。提出前チェックリスト20項目にまとめました。
工程5:記録
残すべきものは3つです。
- 提出したファイルそのもの(版数つき)
- 判断の根拠になった仕入先からの回答(版数つき)
- 判断の過程(どの物質を、どの閾値で、どう判断したか)
このうち3が抜けやすい。ファイルだけ残っていても、なぜその判断になったかが再現できないと、SVHCが追加されたときに一から調べ直すことになります。SVHCは年に数回追加されるので、これは毎回発生します。
どのくらいの工数がかかるか
自社で作成する場合の工数は、品目の複雑さで大きく変わります。単一素材の部品なら30分、多階層の組立品で仕入先からの回答待ちが入ると数週間です。代行の相場が1件4,000円台から存在することは、自社でやるべきかどうかを考える材料になります。
一年のうち、忙しくなる時期は決まっている
CiP管理の仕事は平準化しません。外部の出来事に引きずられて、年に数回まとめて発生します。
| 時期 | 起きること | 事前にやっておくこと |
|---|---|---|
| 1月中旬〜下旬 | SVHC候補リストの追加(従来の定期更新時期のひとつ) | 影響調査の手順書と品目リストを用意しておく |
| 4〜5月 | 人事異動で新任担当者が発生し、取引先からの問い合わせが増える | 引継ぎ資料を最新にしておく |
| 6月中旬〜下旬 | SVHC候補リストの追加(もうひとつの定期更新時期) | 同上 |
| 9〜10月 | 下期の調査依頼が集中する | 仕入先への事前連絡を8月中に出す |
| 年度末 | 監査・取引先の書面審査 | 判断根拠の記録を揃えておく |
この定期更新のリズムは、直近では崩れています。第34次の追加は2025年11月5日、第35次は2026年2月4日で、どちらも従来の1月・6月という枠から外れました。したがって「次はいつか」を前提にした段取りは組めません。追加が発表されてから動ける手順を先に作っておくほうが確実です。手順はSVHCが追加された時の影響調査を1日で終える手順に書きました。
よく出てくる言葉
最初の数週間で必ず出会う言葉だけ、先に挙げておきます。どれも各記事で詳しく扱っています。
- chemSHERPA:業界共通の情報伝達フォーマット。成形品用のAIと化学品用のCIがある
- 成分情報:その部品・材料に何がどれだけ入っているかの情報
- 遵法判断情報:法規制に照らして問題がないかの判断結果
- 管理対象物質リスト:chemSHERPAで申告対象となる物質の一覧。年2回程度改訂される
- SVHC:REACH規則の高懸念物質。候補リストに追加されると情報伝達義務が発生する
- 均質材料:機械的に分離できない最小単位の材料。閾値の分母になる
- 不使用証明書:特定の物質を使っていないことを示す書面。様式は取引先ごとに異なる
このうち「成分情報」と「遵法判断情報」の区別が、chemSHERPAを触るときの最初の関門になります。chemSHERPA-AI と CI、どちらを出すのか3問で判定で扱っています。
最初の1か月でやること
- 取引先からの依頼を1件、最後まで通す。全体像は通してみないと掴めません
- 自社製品のうち、調査依頼が来そうなものを洗い出す
- 仕入先の一覧を作り、回答実績のある先とない先を分ける
- 記録の置き場所を決める。共有フォルダでも構いませんが、担当者のPCだけは避けます
システムの検討はこの後です。月10件以下の依頼であれば、Excelと共有フォルダで回ります。
含有化学物質管理は誰の担当ですか
会社によって異なります。品質保証部門が持つ会社、調達部門が持つ会社、設計部門が持つ会社があります。共通しているのは、専任ではなく兼任であることと、決裁権を持つ人と実務を回す人が別であることです。着任したら、判断に迷ったときに誰に上げるのかを先に決めておくと後が楽になります。
自社は部品を作っているだけですが、関係ありますか
関係します。EUに直接輸出していなくても、納入先がEU向け製品に使えば、その製品の一部として規制の対象になります。だから取引先が調査を依頼してきます。国内取引だけの会社にも依頼が届くのはこのためです。
何から勉強すればいいですか
経済産業省の中小企業向け手引きと、全国中小企業団体中央会の実践マニュアルが無料で公開されています。どちらも体系を掴むには適しています。ただし、差戻しの直し方や仕入先が返信しないときの対処までは書かれていないので、そこはこのサイトの各記事を使ってください。