2025年12月10日、欧州委員会はEnvironmental Omnibusを採択・公表しました。この文書にSCIPデータベースの廃止提案が含まれています。
委員会が挙げた理由は2点です。リサイクル業者への情報提供という当初の目的に対して有効に機能していないこと。そして企業に過大な行政負担をかけていること。代替として示されているのがDPP(デジタル製品パスポート、Digital Product Passport)です。
ただし、提案が出たことと廃止が決まったことは別です。この先は欧州議会と理事会の審議が待っています。廃止の時期も、そもそも最終的に廃止されるかどうかも、本記事の参照日時点では確定していません。
提案の中身を、現行の義務と並べる
| 項目 | 現行 | 提案されている姿 |
|---|---|---|
| 根拠 | SCIP届出義務。2021年1月5日に開始 | 廃止を提案。代替はDPP |
| 届出先 | ECHAのSCIPデータベース | DPPの枠組みに移行する方向 |
| 対象 | 候補リスト収載物質を0.1重量%超で含む成形品をEU市場に供給する事業者 | 未確定 |
| 現在の効力 | 有効。届出義務はそのまま続いている | 欧州議会・理事会の審議待ち |
| 廃止時期 | — | 未確定 |
この表でいちばん大事な行は「現在の効力」です。提案が公表されたあとも、SCIPの届出義務は有効なままです。義務が消えたわけではありません。
なぜ「有効でない」と言われたのか
SCIPは、REACH第33条の情報伝達義務と同じ0.1重量%超という基準で、成形品に含まれる候補リスト物質の情報をECHAのデータベースへ届け出るしくみとして始まりました。想定されていた使い手は、廃棄・リサイクルの段階にいる事業者です。
実際に運用してみると、届出件数は膨大になった一方で、リサイクル業者が製品を前にしてSCIPを引き、そこから処理方法を決めるという使われ方は広がりませんでした。届け出る側の負担だけが残った、というのが委員会側の評価です。
現場の感覚とも一致します。SCIP番号を取得するために品目ごとに構成を分解し、候補リストが更新されるたびに見直す作業は、届出する側にしか発生しません。受け手が見ていないという実感は、この作業をしてきた担当者ほど持っています。
代替とされるDPPは、すでに他の法令で動き出している
DPPはSCIPの代替として急に出てきた概念ではありません。個別の法令で先に採用が始まっています。
わかりやすい例が玩具安全規則 (EU) 2025/2509 です。2025年12月12日に官報掲載され、適用開始は2030年8月1日。指令2009/48/ECを置き換えます。この規則ではDPPがEU適合宣言書を置き換え、全玩具で必須になります。QRコード等のデータキャリアで参照でき、保持期間は10年とされています。
EU電池規則 (EU) 2023/1542 にもデジタル電池パスポートが入っています。こちらは個別の適用日が未確認ですが、製品情報を製品側のデータキャリアに持たせるという方向は共通しています。
つまり「SCIPという専用データベースに届け出る」から「製品に紐づくパスポートに情報を載せる」への流れがあり、SCIP廃止提案はその流れの中にあります。
いま何を止めてよくて、何を止めてはいけないか
問い合わせで多いのは「SCIP対応を進めていたが、投資を止めるべきか」です。作業の種類で分けて考えます。
| 作業 | 判断 | 理由 |
|---|---|---|
| 現在のSCIP届出 | 止めない | 義務は有効。未届出は現時点で不適合になる |
| 既存届出の更新・維持 | 止めない | 同上。候補リスト更新時の見直しも続ける |
| SCIP専用ツールの新規購入 | 保留を検討 | 廃止時期が未確定。償却期間と見合うか要確認 |
| SCIP専用の外部委託の長期契約 | 期間を短く | 単年・更新制にしておく |
| サプライヤーからの成分情報の収集 | むしろ強化 | SCIPが消えてもDPPでも第33条でも同じ情報が要る |
| 品目ごとの構成データの整備 | 強化 | 出口の器が変わるだけで、中身は使い回せる |
分かれ目は「その投資がSCIPという器にしか使えないか」です。SCIP番号の管理画面や届出代行そのものは器に依存します。一方、成形品を均質材料の単位まで分解した構成データは、SCIPでもDPPでも第33条の回答でもchemSHERPAでも同じものを使います。器に依存しない資産は、廃止提案があっても価値が減りません。
構成データの分解の考え方は0.1%の分母は何か。均質材料の切り方に書きました。
候補リストの更新は別の話として続く
もう一つ切り分けておきたいのが、SCIPの廃止提案と、SVHC候補リストの更新は別だということです。
候補リストは2026年9月時点で253エントリーです。第34次が2025年11月5日(DBDPE、n-Hexane)、第35次が2026年2月4日(Bisphenol AF及びその塩)。従来は6月と12月から1月にかけての定期更新でしたが、この2回は例外的なタイミングでした。第36次は本記事の参照日時点で未公表です。
候補リストが更新されれば、第33条の情報伝達義務は発生します。SCIPが廃止されても第33条は残ります。ここを混同すると「SCIPがなくなるからSVHCの調査も不要」という誤解が社内に広がります。最新状況はSVHC候補リストの最新状況、影響調査の手順はSVHCが追加された時の影響調査を1日で終える手順にあります。
REACHとRoHSとSVHCの関係そのものが曖昧なままだと、この切り分けができません。RoHSとREACHとSVHC、関係を1枚で理解するを先に読んでおくと通じやすくなります。
社内に説明するときの言い方
経営層に報告するときは、次の3点だけで足ります。
- 欧州委員会がSCIPの廃止を提案した。理由は有効性の不足と行政負担。
- 決定ではない。議会と理事会の審議が残っており、時期は未確定。
- 届出義務は今も有効なので、現行の作業は継続する。
「廃止が決まった」と伝えてしまうと、翌月には届出が止まります。提案と決定の差は、この場面でははっきり分けて伝えます。
未確認
欧州議会・理事会での審議スケジュール、廃止が決まった場合の経過措置、既存の届出データの扱い、DPPへの移行方法と移行時期は、本記事の参照日時点でいずれも公表されていません。SCIPの代替としてのDPPが、成形品一般にいつからどの範囲で適用されるかも未確認です。確認でき次第、本記事を改訂します。
制度が動いている時期の記録のとり方
こういう時期にいちばん効くのは、自社の判断を日付つきで残しておくことです。
「2026年9月時点では届出を継続する」「SCIP専用ツールの導入は次回の審議状況を見て再検討する」と書いた1ページがあるだけで、半年後に「なぜあのとき止めなかったのか」を説明できます。監査で聞かれるのも、判断の当否より判断の記録の有無です。
台帳の作り方は無料でできる範囲の管理台帳の作り方に置いています。月10件以下の規模なら専用システムは要りません(月10件以下ならシステムは要らない)。
SCIPの届出を今月から止めてもいいですか
止めないでください。廃止は提案の段階で、届出義務は本記事の参照日時点で有効です。止めた場合、廃止が決まる前の期間について未届出の状態が残ります。廃止が正式に決まり、経過措置が示されてから止める判断をしても遅くありません。
SCIPがなくなるならSVHCの調査もやめていいですか
別の話です。SCIPは届出のしくみで、SVHCの情報伝達義務はREACH第33条にあります。第33条はEnvironmental Omnibusの廃止提案の対象に含まれていません。候補リストは2026年9月時点で253エントリーあり、更新されれば調査が必要になります。
DPPの準備は今から始めるべきですか
成形品一般へのDPP適用の時期と範囲は未確定です。今から専用の準備をするより、品目ごとの構成情報をデータとして持っておくほうが確実です。玩具安全規則 (EU) 2025/2509 のように適用日が決まっている製品を扱っている場合は、その法令の日程に合わせて個別に見ます。